表現本能が目覚めるとき

 
今日の絵本はちょっと紹介が難しい。
なにしろその絵本は、見える人にしか見えないのである。
頁をめくるその手元を見つめても、あるのは小さな掌だけなのだ。ムフフ。
もちろん黙読は不可能。常に誰かへの読み聞かせが前提なのである。
種明かしをすると、それは人の手を見開きの頁に見立て、作者自身が語り部となるイマジナリーな絵本なのだ。
これが、絵本作家サトシンさんが考案した「おてて絵本」である。
 
おてて絵本普及協会HPによると、
 
「おてて絵本」、それは、両手を本に見立てた親子遊びです。
 
とある。実際にやってみると拍子抜けするほど簡単で、とにかく楽しい。
子ども達はオトナには思いもつかない発想をする。時には、思いがけないアプローチに胸を突かれることもある。(我が家での実例はこちら
単なる遊びに留まらず、親子の間に豊かなコミュニケーションをもたらしてくれるのだ。
しかも、この絵本の持つパワーはそれだけでない。
 
 
ところで、世間には惚れ惚れするほどスピーチの上手い人がいる。
有名どころでいえば、米APPLE社のCEO、S.ジョブズ氏など。
彼の華麗なプレゼンスキルはビジネス界でも有名だが、実際、私も新作発表の度にその職人芸に嘆息する一人だ。
彼のレベルははるか雲の上だとしても、いわゆるスピーチ好き、あるいは得意な人とそうでない人の違いはどこにあるのか。
 
私は割と最近まで、それは単なる性格というか持って生まれたキャラクターの問題だと思っていた。
もともと自己主張の激しい人が、長じてその才能を開花させるのだろうと。
でも、ある文章を読んで以来、その考えを改めた。
 
人は誰もが自分を表現したいという本能を持っているように思う。
(中略)
表現したいという欲求をきちんと満たしていくと、不思議と人は前に進めるような気がする。
 
かあさんのお話ダイアリー「表現本能ーー私が絵本を好きなわけ」より抜粋。
 
この記事に私は深い感銘を受けた。
つまり、人はもともと誰でも自己主張が激しい生き物なのだ。
ただそれを言葉でうまく表現できるか否かが違うだけなのだろう。
確かに、単なるおしゃべりや独り言ではなく「聴衆」を意識して思いを語るのは難しい。
でも、これができると特殊な才能が無くても日々ささやかに表現本能を満たすチャンスができるわけで、きっと人生の楽しさは倍増するはずだ。
 
ところが、元来日本では自己主張よりも慎みや謙遜が美徳とされてきた。
特に幼児の「自己主張」や「自己表現」は、常にコントロールされるべきものであって、決して手放しで褒め称えられるものではなかった。
それでも成長の過程で自分なりの表現の場なり手法なりを見つけられれば良いが、全ての人間がそんな運や才能に恵まれるとは限らない。
表現本能という誰もが持っている宝石を、磨き方を知らないが為に原石のまま風化させていく人はきっとたくさんいる。
なんともったいないことだろう!
 
そこで、親が子にしてやれるわずかな事の一つに、親子で楽しむ「おてて絵本」を加えたい。
「おてて絵本」は、誰でもできる「自己プレゼントレーニング」なのだ。
実際、コドモの発想力の豊かさには舌を巻く。毎日が爆笑ライブだ。
サトシンさんのサイトに傑作の数々が紹介されているが、私の目下のお気に入りは「パイレーツ・オブ・園児(三部作)」である。
かように彼らは好んで同じお話を繰り返し語りたがるが、もちろん毎回同じ話にはならず、結末さえ変わってしまう。
シリーズ物も得意だが、全く一貫性のないトンチンカンなストーリーが続いたりする。
それでも、回を重ねる内に聞き手の反応から「ウケるコツ」を学び、自然と効果的な話し方や構成力がついてくるのがスゴイ。
(一流の芸人は頭が良いというのも頷ける。毎日の頭脳労働の賜である。)
 
自分の考えを自由に表現し、それを人と共有する喜びを体感すること。
自分の言葉が誰かの心を動かせることを実感すること。
そんな小さな成功体験の積み重ねが、我が子の将来を変えるかも知れない。
時間も手間もお金もかからず、何より楽しい。やらない手はない(笑)
 
 
さて、知る人ぞ知る家内エンターテイメントだった「おてて絵本」は、つい先日NHKの情報番組で紹介され、全国区に知れ渡った。
サトシンさんとはたまたま某SNSを通じて親しくさせていただいていたご縁で、作者自身の魅力的なひととなりを存じ上げている。
実際彼はプレゼン能力に長けた素晴らしくコミュニケーション能力の高い人だと思う。
「おてて絵本」はそんな彼自身の強みが活かされて生まれた作品であり、私たち全てに対する彼からの贈り物でもある。
人がその人らしくあることで人に与えうるものの大きさを思い、これから先「おてて絵本」によってたくさんの笑顔が生まれつつあることが、妙に嬉しい私なのであった。
 
そう遠くない将来、日本全国の家庭で、保育園で、幼稚園で、小学校で・・・とっておきの「おてて絵本」を誇らしげに披露する子供たちの姿を見られるようになるのかも知れない。
それは先行き不安なことばかり囁かれる日本の未来のイメージを、ちょっとばかり明るくしてくれる。