オトナノトモ@はてな クローズのお知らせ
はてなでの読者の皆様、はてなダイアラー絵本百選のお仲間の皆様、ご無沙汰しております。
久しぶりの更新でなんですが、オトナノトモ@はてなはクローズさせていただくことにしました。
これまでお立ち寄りいただいた皆様、本当にありがとうございました。
早いもので、本家オトナノトモのミラーサイトとしてこちらを開設してから3年と数ヶ月が経ちました。
当時、連日のseesaaのサーバー障害&長時間の緊急メンテナンスに肝を冷やした私は、あわててこちらを開設したのでした。
しかし、その後だんだんと本家サイトの更新頻度は低くなり、数ヶ月に一度、重い腰を上げてようやく・・という状況が続き、
さらにそのコンテンツをはてな用に編集し直してアップするという作業は輪をかけておっくうだったため、
相当期間こちらを放置してしまっていました。
気がついたら、開設当時と比べ本家のサーバーはかなり安定的に稼働するようになったようです。
(逆にはてなの方は今もかなり頻繁に障害・メンテナンス情報が発信されているようですが・・)
そもそも障害で一時的にアクセス不可になろうとも気づかないほど更新が遅いという状況でもありますので(^^;)、
これを機にサイト運営を一本化し、初心に返ってメインコンテンツの充実化を計ろうと思っております。
今後は本家オトナノトモにて皆様のお越しをお待ちしておりますm(_ _)m
あなたの足もとの妖怪
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あなたは虫が好きですか?
こう聞かれてYESと即答できる人でも、どうしても苦手な虫がいるものだ。
奴らは見た目も生態もあまりにもバラエティに富んでいて、
その異質さ故にどうしても親近感が持てない場合がある。
いわゆる「生理的にダメ」という嫌悪感の地雷ポイントもいろいろあって、
脚が多すぎてダメ、少なすぎてダメ、
ヌルヌルがダメ、すばしこい動きがダメ、
群れるのがダメ・・・
などなど、これまた千差万別だ。
ちなみに私は幼い頃から女子の割に虫は平気な方だった。
蝉や蝶を追いかけまわし、蟻の巣をほじくり土蜘蛛を引っ張りだし、
学校帰りにキャベツ畑で捕まえた青虫を何十匹も一度に飼ったりもした。
イナゴの佃煮だってどちらかと言えば好物だ。
そんな私でも、この絵本の表紙には文字通り虫酸が走った。
やたら生々しいミミズの口吻のドアップ。
絵本でいきなりのB級ホラーデビューである。
ただでさえ今時の幼児&母親は虫嫌いが多いというのに、
わざわざ幼児向けの科学絵本の表紙にこの写真を使うとは・・。
心臓の弱いご夫人などに、迂闊に見せたら卒倒しかねない。
身近な虫の生態について画像を多用して紹介する絵本は多いが、
少なくとも表紙はもう少し穏健に、虫アレルギーの読者にも優しい顔をしているのが普通だ。
いくらテーマがミミズだからといって、ここまでハジケなくても。
中身もやたら鮮明なフンやら産卵シーンやらの接写画像満載。
どうせ嫌われ者さ!下世話上等!てな開き直りか?と思いきや
どうもミミズの生態を絵本仕様に要約するとこうなってしまうらしい。
要するに、存在自体が下ネタの宝庫。
ミミズが男子幼稚園児に大人気なわけである。
どこの幼稚園にも嫌がる女子にわざわざ虫や蛙を見せにくるアホがいる。
我が息子もご多分に漏れず、ニタニタ笑いながら現れては、握りしめた手のひらを目の前で開いてみせる。
蛙が飛び出すぐらいでは驚かない私だが、お約束で「キャー!」と叫び、
やったー!と喜色満面の様子を見て内心苦笑する。
愛しい息子の笑顔のためならか弱いカマトト女にもなりましょうぞ。
巻末にある作者からのメッセージには、
「この本を読んで、身近で不思議な生き物ミミズの世界に、すこしでも興味を持っていただけたら・・」
なーんて、一見真っ当なことが書いてあるが、
興味を持つ以前に拒否反応を起こしかねない写真を敢えて表紙に使う、
そこに作り手の大人の遊び心、もとい元ヤンチャ坊主の悪ノリを感じる。
案の定、奥付を見れば作者はもちろん担当編集者も全て男性なのだった。
今日もどこかの家庭で、父親や息子がこの絵本を手に母親や娘に近づき、
「キャー!」という嬌声にガッツポーズを作っているのだろう。
最後に、虫アレルギーのお嬢様にも安心してお勧めできるミミズ絵本を。
「みみずのオッサン 」では、長新太氏ならではのファンキーな色彩で、
単純かつゴーカイなミミズ式和平工作が展開される。
読後の不思議に清々しい気持ちは、
しつこい便秘が解消した瞬間の爽快感に似ていなくもない。
おっと、結局下ネタで締めてしまった(恥)
思い立ったが元日
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睦月である。
私も世間の例にならって、年の初めにはこの一年の目標を立て、手帳や日記に記す。
が、およそその目標が年内に達成されたためしがない。
達成どころか、その課題に着手すらしないまま年を越すのが常だったりする。
思うに、何事もお尻に火がつかないと動かないスーパーヘビー級の腰を持つ私にとっては、
年初の1月に目標を立てるのは時間的に余裕がありすぎるのだろう。
いっそ「一年の計は師走にあり」として、12月1日にその年の達成目標を思い起こし、
残る1ヶ月死ぬ気で取り組んで過ごす・・という方が、案外成果を残せるかも知れぬ。
さて、今日の絵本の主人公のおばあさんも、私とは違う意味で一年の計とは無縁の人である。
何故なら彼女は目標を立てるまでもなく、思いつきをその都度その場で実行してしまうからである。
恐るべき行動力。恐るべき無計画人生。その無謀さは清々しいほどで、
実在していれば間違いなくプロジェクトXで特番をはれる大物になっていただろう。
あれよあれよと大胆な事業展開を進めるばあさん・エンタープライズ。
いったいこの独居老人のどこにそんな資金力があるのかと突っ込みたくなるが、
そこはもちろん、読者のコドモには明かせない裏の顔が彼女にはあって、
1億や2億のはした金なんぞ、電話1本でどうにでもなるに違いない。
私もこんなカッコイイ老人になりたいものだ。
いや、その前にこんな老人と是非懇意になりたいものである。
結局、世の中がどんなに不況になろうと金はあるところにはあるのである。
巨額の財も貯め込むばかりでは遺族の相続争い・経済の動脈硬化のもと。ロクなことはない。
てなわけで、これからの時代は、是非ともシニア富裕層の皆さんに
「おもいついたら そのときに!」をスローガンに掲げていただき、
明るい日本経済のために人生ラストステージならではの無謀で豪快な無駄遣いをジャンジャンしてもらおうではないか。
人生の目標に悩む若者に素で「うわ、すげー!(無謀!)」と思われてこそ、
失われつつある敬老の精神も復活するというものだ。
表現本能が目覚めるとき
今日の絵本はちょっと紹介が難しい。
なにしろその絵本は、見える人にしか見えないのである。
頁をめくるその手元を見つめても、あるのは小さな掌だけなのだ。ムフフ。
もちろん黙読は不可能。常に誰かへの読み聞かせが前提なのである。
種明かしをすると、それは人の手を見開きの頁に見立て、作者自身が語り部となるイマジナリーな絵本なのだ。
これが、絵本作家サトシンさんが考案した「おてて絵本」である。
おてて絵本普及協会HPによると、
「おてて絵本」、それは、両手を本に見立てた親子遊びです。
とある。実際にやってみると拍子抜けするほど簡単で、とにかく楽しい。
子ども達はオトナには思いもつかない発想をする。時には、思いがけないアプローチに胸を突かれることもある。(我が家での実例はこちら)
単なる遊びに留まらず、親子の間に豊かなコミュニケーションをもたらしてくれるのだ。
しかも、この絵本の持つパワーはそれだけでない。
ところで、世間には惚れ惚れするほどスピーチの上手い人がいる。
有名どころでいえば、米APPLE社のCEO、S.ジョブズ氏など。
彼の華麗なプレゼンスキルはビジネス界でも有名だが、実際、私も新作発表の度にその職人芸に嘆息する一人だ。
彼のレベルははるか雲の上だとしても、いわゆるスピーチ好き、あるいは得意な人とそうでない人の違いはどこにあるのか。
私は割と最近まで、それは単なる性格というか持って生まれたキャラクターの問題だと思っていた。
もともと自己主張の激しい人が、長じてその才能を開花させるのだろうと。
でも、ある文章を読んで以来、その考えを改めた。
人は誰もが自分を表現したいという本能を持っているように思う。
(中略)
表現したいという欲求をきちんと満たしていくと、不思議と人は前に進めるような気がする。
※かあさんのお話ダイアリー「表現本能ーー私が絵本を好きなわけ」より抜粋。
この記事に私は深い感銘を受けた。
つまり、人はもともと誰でも自己主張が激しい生き物なのだ。
ただそれを言葉でうまく表現できるか否かが違うだけなのだろう。
確かに、単なるおしゃべりや独り言ではなく「聴衆」を意識して思いを語るのは難しい。
でも、これができると特殊な才能が無くても日々ささやかに表現本能を満たすチャンスができるわけで、きっと人生の楽しさは倍増するはずだ。
ところが、元来日本では自己主張よりも慎みや謙遜が美徳とされてきた。
特に幼児の「自己主張」や「自己表現」は、常にコントロールされるべきものであって、決して手放しで褒め称えられるものではなかった。
それでも成長の過程で自分なりの表現の場なり手法なりを見つけられれば良いが、全ての人間がそんな運や才能に恵まれるとは限らない。
表現本能という誰もが持っている宝石を、磨き方を知らないが為に原石のまま風化させていく人はきっとたくさんいる。
なんともったいないことだろう!
そこで、親が子にしてやれるわずかな事の一つに、親子で楽しむ「おてて絵本」を加えたい。
「おてて絵本」は、誰でもできる「自己プレゼントレーニング」なのだ。
実際、コドモの発想力の豊かさには舌を巻く。毎日が爆笑ライブだ。
サトシンさんのサイトに傑作の数々が紹介されているが、私の目下のお気に入りは「パイレーツ・オブ・園児(三部作)」である。
かように彼らは好んで同じお話を繰り返し語りたがるが、もちろん毎回同じ話にはならず、結末さえ変わってしまう。
シリーズ物も得意だが、全く一貫性のないトンチンカンなストーリーが続いたりする。
それでも、回を重ねる内に聞き手の反応から「ウケるコツ」を学び、自然と効果的な話し方や構成力がついてくるのがスゴイ。
(一流の芸人は頭が良いというのも頷ける。毎日の頭脳労働の賜である。)
自分の考えを自由に表現し、それを人と共有する喜びを体感すること。
自分の言葉が誰かの心を動かせることを実感すること。
そんな小さな成功体験の積み重ねが、我が子の将来を変えるかも知れない。
時間も手間もお金もかからず、何より楽しい。やらない手はない(笑)
さて、知る人ぞ知る家内エンターテイメントだった「おてて絵本」は、つい先日NHKの情報番組で紹介され、全国区に知れ渡った。
サトシンさんとはたまたま某SNSを通じて親しくさせていただいていたご縁で、作者自身の魅力的なひととなりを存じ上げている。
実際彼はプレゼン能力に長けた素晴らしくコミュニケーション能力の高い人だと思う。
「おてて絵本」はそんな彼自身の強みが活かされて生まれた作品であり、私たち全てに対する彼からの贈り物でもある。
人がその人らしくあることで人に与えうるものの大きさを思い、これから先「おてて絵本」によってたくさんの笑顔が生まれつつあることが、妙に嬉しい私なのであった。
そう遠くない将来、日本全国の家庭で、保育園で、幼稚園で、小学校で・・・とっておきの「おてて絵本」を誇らしげに披露する子供たちの姿を見られるようになるのかも知れない。
それは先行き不安なことばかり囁かれる日本の未来のイメージを、ちょっとばかり明るくしてくれる。
ヒーロー稼業の悲哀
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かなり久々の更新である。読者数も初期値にリセットされたことであろう。
転居から2ヶ月、ようやく新居での日常生活のリズムが定まってきた。
下の子が保育園から幼稚園に転園し、懐かしの「園ママ生活」に復帰。よって私の苦手な「降園後の親子ぐるみのおつきあい」もめでたく復活。
そして何組かの親子と家を行き来するうちに気が付いたのは、親(私)の興味の偏りがそのまま育児に反映する我が家の怪しさである。
なにしろ息子の友達が持っているようなオモチャが我が家には無い。
ポケモンカードも、ムシキングも、プレステもDSもなければ、音や光の出る戦いごっこの武器もない。
ナゼ無いのかと言えば、それらは私の趣味ではないからだ。
要するに私は自分の趣味を幼い我が子に押しつける鬼母なのだ(爆)。
まだ上の子が1歳にも満たない頃、ママ友と「アンパンマンを我が家に受け入れるか否か」で真剣に議論したことがある。
彼女も私と同じく自分の好みがはっきりしている女性で、気を抜くと家中に入り込むキャラクターグッズを警戒していた。
結局その時は満場一致で(二人だが)
「アンパンマンは著しく我々の美意識に反する。よって断固却下」
という結論に至ったが、その後まもなく我々の鉄壁は老親から孫へのプレゼント攻撃によりあっさり崩壊した(笑)。
「美しくない」という身も蓋もない理由で出入り禁止となったものの、唯一例外的に私自身が家に持ち込んだアンパンマンがいる。
それが、やなせたかし氏の原作絵本「あんぱんまん」である。
確か小学校低学年の頃だ。近所の歯医者の待合室にその絵本はあった。
アンパン好きの私は一も二もなくそのタイトルに引き寄せられ、手にとって一気読みした感想はただ「私もあんぱんまん食べたい!」
焦げ目のしっかり付いた手作り感溢れるそのアンパンの顔は、子供心に実においしそうだったのだ。
(それに比べて大量生産の工業製品のようなアニメのアンパンマンの味気なさといったら・・)
無論ヒーローとしてのあんぱんまんの存在理由やその行動にも何の疑問も持たなかった。
だが、オトナになって再会したこの絵本は実にツッコミどころ満載だった。
アンパンマンの公式サイトによると、この作品のテーマは
「傷つくことを覚悟しなくては正義は行えないということと、献身と自己犠牲」なんだとか。
冷静に考えるとかなーりグロテスクな手法とはいえ、確かに弱者の為に文字通り我が身を差し出すあんぱんまんの姿にはヒーローらしい正義感が溢れている。
でもそれをわざわざ作り手が献身だの自己犠牲だのと美辞麗句で祭りあげるのは興醒めというものだ。
ヒーローがそれを言っちゃあおしめえよ!
だいたいこの捨て身のヒーローの「傷」はやたら安直に復元されるのだ。
そのせいか我が身の一部を失っても平然としている。
もっとも、そうでないと話が猟奇ホラーになってしまうが・・(爆)
これでは肝心の「傷つくことを覚悟したヒーローの悲壮感」が全く伝わってこない。「さすがあんぱんだけに・・・やっぱり大甘だな!」
なんてつまらんオヤジギャグの一つも言いたくなってくる。
「傷つくことを覚悟しなくては…」という文章を読んで私が思い浮かべたのは、ワイルド作の「幸福な王子」である。
フランダースの犬並みに泣ける有名な童話である。知らない人は今すぐ検索の価値有りだ。
この話のヒーローは本気で捨て身である。
その一途さは地味ながら鬼気迫るものがあり、幼い私は挿絵を直視できなかった。
この話を読んだ後にアンパンマンを再読するとへそで茶が湧かせること請け合いである。
ということで私が思う「あんぱんまん」の真のテーマはこれだ。
「マンネリに耐える覚悟がなければヒーローなんてやってられない」
この点に関し、アンパンマンは偉大である。何しろただ喰われるために生き、淡々とその使命を全うしているのだから。
ところでうちのコドモ達(小3女子&年長男子)に「ヒーローと言えば?」と聞くと、
「デラックスファイター(@秘密結社鷹の爪)」という答が返ってくる。
いかん、こんなところにも親の趣味の影響が・・・(汗)
ハッキリ言って彼らが今このネタで同年代の友達と盛り上がれる可能性はかなり低い。
だが、他人と違うことを良しとする我が家の育児の信条にはかなっている。
よしよし、うちの子らしく育っているぞとほくそ笑む父母なのであった。
ある間取り図フェチの夢
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住宅の間取り図を眺めるのが趣味と言う人は意外と多いらしいが、実は私もその一人。
二次元の図面からその場所での生活をあれこれ想像するのが面白い。
その趣味が自分の実生活に関わることはめったにないわけだが、この春転居する自宅をリフォームすることになり、ここ数週間それは楽しくも忙しい日々を送っている。
私の幼い頃からの夢は、家の中に図書館がある家に住むことだった。
実際今住んでいる家の一部屋はほとんど書籍と雑誌で埋まっているが、情けないことにただ溜め込んでいるだけに等しく魔窟と化している(^^;)。
大量の書籍を管理するにはかなりのマメさと労力が必要と知った現在は、「家に図書館」の夢は「家の至近に図書館」という立地条件の希望へと変わった。
そして、いっそ情報や資料の収集管理はできるだけ外注し、自宅には「閲覧ルーム」があればよいという発想につながり、家族全員で使う書斎を作ろうという新しい夢が出来た。
その夢を今回のリフォームで実現すべく頭をひねっているわけである。
新居では3LDKの一部屋を書斎に当ててしまうので、二人の子供に用意できる個室は必然的に無くなる。
それでもなんとかそれぞれにプライベートスペースを用意してやりたいと苦心した挙げ句、かなりややこしいリフォームを依頼することになってしまった。
いくつかの業者に相談し具体的な施工プランを考えるなか、ある担当者に
「今流行りの『頭のよい子が育つ家』みたいですね〜。」
と言われ、なんじゃそりゃ?と思った。
聞けば、半年ほど前に出たそういう本が巷で話題になっているという。
本屋で立ち読みしてみると、「○○中に合格した○○さんの家」といった調子で次々と間取りが紹介されていて、間取り良ければ全てヨシ!的な論調に苦笑してしまった。
しかし、「有名私立中合格者の自宅を調査したら子供部屋ではなく家族の共有スペースで勉強していた」という説に基づいて書かれたというこの本はベストセラーとなり、
今やそのコンセプトを売りにしたセミナーやらコンサルティング、果てはマンションそのものまで発売されているそうな。
ということは・・・我が家の子供たちの輝かしい将来が楽しみである(爆)。
さて、間取り図フェチにおすすめの絵本といえば、この2冊は外せない。
「世界あちこちゆかいな家めぐり」は、世界各地のユニークな居住様式を写真と図解で紹介する楽しい知識絵本だ。
例えば、チュニジア・マトマタ地方の家は、地下に穴を掘って作る。アリの巣よろしく用途別に作られた部屋が地中に並んでいるのが面白い。
部屋が足りなくなったらもちろん、さらに穴を掘って部屋を増築ならぬ増掘(?)するのである。何だか原始的で楽しそうだ。
(そういえば、アリの家の断面図が出てくるたむらしげる氏の「ありとすいか」や、そのモグラバージョンが見られる工藤ノリ子さんの「オラウーちゃん
」も私のお気に入りの絵本だ。
蟻も土竜もいわゆる穴居式住居なので間取りもへったくれもないが、ドールハウスを覗くような楽しさについ隅々までチェックしてしまう。)
さらに圧巻なのが、中国福建省の土楼。4階建ての巨大な円形の建物で、内部は細かく仕切られていてフロアごとに用途が分けられている。
この巨大な円形長屋のような建物一棟に300人が暮らし、それだけで一つの村のようにコミュニティが形成されているのが分かる。
日本でも、今や一棟に300人どころか300世帯が暮らす高層マンションが珍しくないが、そこにあるのは300世帯の「個」の集合体でしかない。
300人がひとつの家族のように共同体として生活している土楼の住人とは、生活意識からして天と地ほども違うはずで、なかなか興味深い。
一方、「日本の家 北から南まで」はそのタイトル通り、我が日本各地の戸建て住居を紹介する絵本である。
古いものは秋田の両中門造の木造農家から、ホームオートメーションの施された現代的な3階建て住宅まで、
それぞれ詳細な立体パース図を用いて各部屋の配置や用途が説明されている。残念ながら絶版らしいので図書館や古書店で探してみて欲しい。
この絵本を読むと、やはり昔ながらの日本の家はそれぞれの地方の気候や地形に調和した余裕のある作りとなっていて、
ごく自然に人と環境の共存共栄が図られていたことが分かる。
それに比べ、現代建築の家は細かく仕切られた壁が多く風通しが悪そうで、無駄が無いぶんアソビも無く、窮屈な印象は否めない。
人々の生活が豊かになればなるほど、家の中は狭くなる。そして部屋の狭さに比例して人間の器も小さくなってきたような・・そんなことを考えた。
長らく、人間はせっせと頭を使っていかに日常生活を楽にするか=人の手仕事・足仕事を機械にやらせるかを考え、
人々の暮らしはどんどん便利に快適になった。そして気が付けばヒトはどんどんものぐさになり不器用になり、
頭でっかちで生活力のない生き物になり下がりつつあるという皮肉な現実。
これから都会のマンションで生活する私が心豊かに暮らすためには、むしろ豊かで便利な生活を追求しない覚悟がいるだろう。
第一に家の中にモノを増やさないこと、そして、手仕事を厭わずモノに頼らない生活を心がけ・・自信はないが頑張ろう(^^;)。
毎日が晴れ舞台
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やれやれ。ようやく年内にケリをつけたかった大仕事の目処がたって、ほっと一息。
手つかずの年賀状から目をそらしつつ、絵本だ、絵本。
と言っても、絵本の前に今回は珍しくテレビドラマの話から。
先日、フジテレビの月9ドラマ「のだめカンタービレ」が惜しまれつつ終了した。
素晴らしい作品だった。普段あまりテレビを見ない私が、たまたまこの連ドラの初回を目にして自分でも驚くほどハマッてしまい、
(多分)生まれて初めて1回も欠かさず最終回まで見切ったのだった。
しかもただでさえ忙しい中、公開収録のエキストラに応募して平日の早朝に夫に子供を任せてロケに駆けつける入れこみよう…
我ながら狂ってる。私ってこんなにミーハーな女だったのね(恥)。
そこまでハマッた理由の第一が面食いの私がキャラはまり役の主演男優に年甲斐もなくのぼせ上がったから(爆)
というのは否定しないが、とにかく原作が素晴らしく私のツボをついた変態加減だったこと、
キャスティングが絶妙でそれぞれのキャラクターが非常に魅力的だったこと、
クラシック音楽&オーケストラというただでさえ扱いの難しそうな題材を
原作に忠実に丁寧に映像化したスタッフと役者達のプロの仕事ぶりに毎回感心させられたことなど、
偏屈者の私をミーハーに変えるだけの要素が揃っていたと思う。
ちなみに我が家の子供達も大ファンとなり、毎日のように録画を見ては笑い転げている。
スルメ交響曲を外で歌うのはやめて欲しいが…
ということでオーケストラとくればこの絵本。
舞台の上にオーケストラという完成された集合体ができあがる、そのほんの数時間前からこの絵本のストーリーは始まる。
私のようなクラシック門外漢から見ると、プロのオーケストラという集団は特殊技能を持った選ばれた人間の集団に思え、
個々の団員にそれぞれの私生活があり凡人である自分と同じような日常を営んでいることが想像しにくい。
しかし、それぞれの準備を経てステージへと向かう105人のメンバーの姿を眺めていると、彼ら一人一人に「ケ」の日常があり、
トイレにも入れば下着も晒し、それぞれに家族がいて、ごく当たり前にそれぞれの生活を営んでいることが分かり、
なんだか親近感が湧いてくる。そして、そんな彼らが「ハレ」の場に集まってそれぞれの仕事を果たすことで、
凡人には決して作り出せない素晴らしいハーモニーが生まれる…、
そこにオーケストラの感動があるということを読む者に気が付かせてくれるのだ。
やっぱり、音楽って素晴らしいわね…(by真澄ちゃん)
そういえば私も中学時代、ほんの一時だが吹奏楽部に所属していたことがある。
シーラ・Eに憧れてパーカッションを担当したが、その動機からして方向が間違っていたのか、
同性の先輩に「生意気だ」云々のいちゃもんを付けられ、鬱陶しくなって1年程でやめてしまった。
もしあのまま続けていたら、私の人生は変わっていたのだろうか?
でも、たとえ実際には楽器演奏に縁のない生活をしていようと、
私たちは誰もが複数のオーケストラに所属するプロの音楽家のようなものではないだろうか。
家族というオケ、学校というオケ、職場というオケ、地域社会というオケ…
それぞれの場所で、いかに自分らしく、自分の音を奏でるか。
不協和音が生じたときに、どうやってそれを解消するか。
どうやってお互いの良さを引き出し、バランスを保ち、美しいシンフォニーを作り出すか。
人は皆そうやって自分の与えられた楽器と格闘しながら生きているのだろう。
それにしても、「のだめ〜」のSオケは素晴らしかった。
集団のために個を捨てるんじゃなく、個を最大限に活かすための集団。
技術的には劣ろうとも、それぞれが自分がその場にいることを幸せに思い、その喜びが一人一人にみなぎって輝いていた。
全ての人が自分にとってのSオケを見つけられたら、きっと世の中はもっと素敵になるだろう。
ビバ音楽!ビバ人生!!




赤ちゃんから幼児まで



