船上のカリスマ主婦


わたしのおふねマギーB
アイリーン ハース Irene Haas うちだ りさこ
福音館書店 1976-07


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カリスマ主婦が政治家になるご時世だが、行き着くところまで行ってしまった彼女たちはもう「主婦にとってのカリスマ」とは言えない存在になっている。なぜなら、専業・兼業に関わらずおおかたの主婦の同性の憧れの存在=なりたい自分とはもっとドメスティックで生活感のある夢に基づいたものであるはずで、決して国を動かす政治家ではないだろうからだ。
では、地に足のついた現実主義の主婦たちが憧れる夢とはどんなものか?
「これは おねがいが かなったおはなしです」という夢のような書き出しで始まるこの絵本に、その一例を見ることができる。
 

お星様にお願いを切々と訴えた翌朝マーガレットが目を覚ますと、彼女は願い通り小さな船のオーナーとなって航海に出ていた。決して広くもなくゴージャスでもない船だが、大事なのはこの船が紛れもなく彼女自身が所有する彼女だけの船であるというところなのだ。しかもこう見えてもマギーBはオーナーのささやかな願いのひとつひとつをきっちりと網羅していて、なんとこの狭い船上に実り豊かな畑や果樹園があれば山羊も鶏もいるという、絵本ならではの太っ腹な夢の実現ぶりが気持ちよい。
お気に入りのものに囲まれ、上機嫌でテキパキと仕事をするマーガレット。その姿は、長年の夢叶ってこだわりの注文設計のマイホームがついに完成し、晴れて入居の日を迎えた幸せな主婦のようだ。しかもこれが主婦ならまさにカリスマ主婦になれそうなくらい、マーガレットはセンスがよく家事の才能に満ちあふれている。せいぜい5歳か6歳ぐらいにしか見えない彼女だが、小さな船上で家事も育児も完璧にこなす。特筆すべきはプロ級と思われる料理の腕前で、豊かで新鮮な食材を活かした献立は、じっくり時間をかけて煮込んだ海の幸のスープに焼きたてのマフィン、デザートは桃のオーブン焼きという本格派。それを突然の嵐もなんのその、荒れ狂う波と風の音をBGMにしつつ、安全で居心地の良い船室のランプの下でゆっくり頂くという、心憎い演出。
これはもう、少女の夢というより女の夢だ。自分の生活を思いのままにプロデュースしているマーガレットの充足感がひしひしと伝わってきて、ため息が出る。
しかもこの絵本、この手のお話にありがちな夢オチでは終わらない。本当にかなったんだなぁ〜と、ため息をついたまま余韻に浸ることが出来るありがたくも幸せなお話だ。

あくまでも、現実に自分がなりたい人間のイメージを体現しているかどうか。主婦にとってのカリスマになれるかどうかはここにかかっている。マギーBに乗ったマーガレットは間違いなく私にとって永遠のカリスマ主婦である。
(2005.9.26 改訂)