料理は化学のはじまりである

しろくまちゃんのほっとけーき
わかやま けん
こぐま社 1972-10


by G-Tools
料理をしているとハゲタカのようにコドモらが寄ってくる。
お手伝いするー!!と奴らはいうが、要は邪魔しに来るのである。
常に時間に追われている平日の兼業主婦にとってはまさに
ありがた迷惑な申し出であり、夕食の支度中などは気休めにそこらの
鍋からイモの一つも投げ与え、台所から追い出すことになる。

その代わり、日曜の朝食作りだけは常に参加できることになっている。
なぜなら、メニューがホットケーキと決まっているからである。
(そして作るのは夫と決まっているからでもある。)

さて料理というのはご存じの通りけっこう複雑な手順を踏まなければ
成功しない理科の実験のようなものである。
或る物質を混ぜ合わせ、火や水で加工して変化を確かめる。これは
とても楽しい遊びでもあり、だからこそコドモが参加したがるのだ。
日本の製粉メーカーの技術は素晴らしく、市販のホットケーキミックス
使えばよっぽどのこと(例えば卵を殻ごと投入するとか)がない限り
どれだけ適当に作ってもそれなりに食べられる料理が完成する。
コドモが初めて挑戦する本格的な理科の実験としては最適なのだ。
そしてその楽しい実験のテキストとしておすすめなのが、この
「しろくまちゃんのほっとけーき」である。
無表情な白クマ親子がホットケーキを焼くという単純なストーリーだが
この絵本のキモは見開き2ページを使って”ぽたあん”とフライパンに
落とした生地が熱を加えることによってどう変化するかを図解してある
ところだ。このページを開けて実際のフライパンの中の様子と見比べて
みると、かなりリアルな観察のもとに描かれてた絵であると分かる。
なるほど本当に「どろどろ」の後は「ぴちぴちぴち」なのだ。

この見開きは素直に素晴らしいと思う。ポスターにしてキッチンに飾りたい
ぐらい気に入っている。他のこぐまちゃんシリーズもシンプルながら
幼い子どもの興味をうまく突いていて、読み聞かせにも多用したものだ。
が。私が今ひとつこぐまちゃんシリーズに親愛の情を持てないのは、
あとがきにいちいち各絵本の「ねらい」が明記されているからだ。
子ども向けの月刊雑誌にありがちな「おうちのかたへ」みたいなもので
コドモの興味関心を引き出すべくいかに工夫したかなどが書いてある。
おやつを食べて満足したらまた勝手に遊びに戻るのが自然な幼児の姿
だろうに、「ふたりでおさらをあらいます」なんてやけにイイコだなと
引っかかっていた私の嫌な予感がここで的中してしまうのである。
コドモに読み聞かせて、ああ面白かったね、と絵本を閉じる前にうっかり
目にしようものなら激しく興冷めし、読んだことを後悔するほどである。
オトナ向け絵本についてというエントリーでも述べたが、私にとって
予め読み手の読後感や知育効果を想定して作られた絵本は、もはや
作品ではなく「商品」なので深読みの必要も楽しみも感じられない。
作者自身が書いているのか版元が編集段階で付け加えたモノか定かでは
ないが、これこそ清少納言いうところのすさまじきものである。

ところで、やってみたことのある人には分かるはずだが、実際にはこの
絵本のように美しく均等な輪切り円柱状のホットケーキを焼くのは
至難の業である。「伊東家の食卓」の裏技を使ってもかなり難しい。
まあ私自身は分厚くて単調な味のホットケーキよりも粉の味わいが
楽しめるそば粉クレープやら全粒粉のパンケーキの方が好みなので
どうでもいいのだが、コドモは喜ぶ。コドモが喜ぶ色と形状を
忠実に再現したのがこの絵本に出てくるホットケーキだと思う。
おまけにこぐま達は作った分厚いホットケーキに何も付けずに
もそもそと食っている。バターとシロップのないホットケーキなんて
薬味のない冷や奴みたいなもので、大量には食えないだろうに。
この絵本が「私の」「よだれが出る絵本」のカテゴリーに
入っていないのはそういうわけなのだ。