芸人魂ここにあり

039480001XCat in the Hat (Beg 1)
Seuss Dr. Seuss Theodore Seuss Geisel
Random House Childrens Books 1957-06-01

by G-Tools
catin.jpgキャット・イン・ザ・ハット
―ぼうしをかぶったへんなねこ―
ドクター・スース 著・伊藤比呂美 訳
河出書房新社 2001
世間では新世代お笑いブームだそうで、日頃テレビは報道番組や
映画しか見ない私でも、ちょくちょくその手の若手芸人達が
入れ替わり立ち替わりネタを披露する番組を目にする。
彼らのうちの何割が将来も芸人として生き残れるのだろうか。

私はお笑い界にはさして詳しくないが、それでも、幼児にマネされるような
キャッチーな持ちネタを発案してバカ売れしているタイプのユニットは
案外と寿命が短いモノで、むしろ存在そのものが芸人といえるような、
単純に素の本人をうまく晒しているだけの天然系というか天才肌の人だけが、
後々も場を変えて活躍しているように思う。
つまり本来芸人とは「なる」ものでなく「生まれつく」ものなのだろうが、
フリーターやらニートやらが市民権を得ている昨今では、誰にでも
選択可能な職業の一つとして認識されるようになってきているようだ。

この絵本のメインキャストである謎の猫「キャット・イン・ザ・ハット」は
間違いなく生まれついての芸人である。
突然押し掛けてきて、観客に受けようと受けまいとお構いなしにネタ披露。
呆然とする子ども達と警戒を呼びかける金魚をよそに勝手にショーは
盛り上がり、燃料投下とばかりにこれまた招かざる芸人「モノ1号・2号」
まで登場して、舞台となった家は大混乱に陥る。
ついに観客である子ども達から猛烈なブーイングを浴びると、
「キャット・イン・ザ・ハット」は失望もあらわにすごすごと引き下がる。
彼は目の前の観客を喜ばせたかっただけなのだ。
嵐が去った後の荒れ果てた部屋に残された子ども達が途方に暮れていると、
たった今退場したばかりのあの猫がアンコールよろしく悠然と現れ・・・
気が付けば、雨に退屈していた子ども達は最高の参加型エンターテイメント
を提供されていたというわけである。

この猫のように周囲を圧倒するほどのハイテンションなキャラクターで
過剰なサービス精神でもって一方的な娯楽を提供せずにはいられない
生まれながらのエンターティナーといえば、R・ダールの名作児童書
チョコレート工場の秘密」に出てくるエキセントリックな工場経営者、
ウィリー・ワンカ氏が思い浮かぶ。
彼も風変わりを通り越して奇人変人の域にいる人だが、その言動は
とにかく人を楽しませたい一心からのもので、一見危険に見えても
基本的には他人を傷つけることなど考えも及ばない善良な人なのである。
「キャット・イン・ザ・ハット」の著者ドクター・スースも、アイデア
ウィットとサービス精神に富んだ天性の芸人魂を持っていた人らしく、
年代を問わず楽しめるユニークな絵本の数々でその才能を披露している。
彼独特の韻を踏んだ単語が並ぶリズミカルな文体を楽しむには原書で
読むのがオススメだが、「キャット・イン・ザ・ハット」は詩人の
伊藤比呂美氏の訳が絶妙でそのリズム感を損なうことなく読めると思う。
(残念ながら絶版・重版未定である。復刊リクエスト投票はこちらへ)

ちなみにこの作品は数年前にマイク・マイヤーズ主演で映画化されたが、
邦題の「ハッとしてキャット」から予想される通りスベリまくりの演出で
ついに日本での劇場公開は延期されたままにポシャッたようである。
グリンチ」の国内興行成績を見れば分かるとおり、
Dr.スースの世界観と面白さは邦訳が難しいものだと思われるし、
オースティンパワーズは好きな私も、化け猫扮装をしたマイヤーズは
想像するだに背筋が寒いので未見のままだ。
「キャット・イン・ザ・ハット」のハイテンションぶりを再現するなら
映画「マスク」でのジム・キャリーばりのキレた体力演技が欠かせないので、
(だから「グリンチ」はハマリ役だった!)
オトナ向けのひねったギャグが持ち味のマイヤーズにはきつかったのでは
なかろうかと個人的には思う。