サンドイッチに愛を込めて

ジャムつきパンとフランシス
ラッセル・ホーバン リリアン・ホーバン 松岡 享子

我が家の朝食は、いつもパンだ。パンでなくちゃいやだ、というわけではないが、夫がコーヒーがないと夜が明けない人なので、ついパンやシリアルという洋食メニューになる。数年前にホームベーカリーを購入して以来、普段の朝食用に市販のパンを買うことはほとんど無くなったが、子どもがいない共働き時代には早起きして夫と出勤前にあちこちの朝食メニューを食べ歩いたものだ。
 

勤務地が築地〜銀座近辺だったので、そのエリアの喫茶店の朝食メニューはかなりあれこれ試したが、どこよりも私たちが気に入っていたのは、新富町にほど近い築地木村家のサンドイッチだった。
銀座の木村屋總本店の分家という由緒正しい老舗であんぱんが名物の店なのだが、店の奥に喫茶スペースがあり、そこで食べられるサンドイッチが絶品なのだ。
昭和初期から時が止まったようなレトロな店内に入ると、赤いギンガムチェックのビニールクロスがかかった小さなテーブルに、スナップ写真に手書きの説明がついた手作りのメニューが置かれ、カウンターの奥ではこの道何十年みたいな手際で年配のマスターがサンドイッチを作っていた。
種類豊富なサンドイッチはどれも具沢山で、それぞれに「コニーアイランド」「ブルックリンサパー」「リルナイル」など、意外なほどハイカラな名前がついていた。そして、特徴的なのが独特の手の込んだ野菜の薬味を多用していることで、これらがそのへんの喫茶店では絶対に食べられないような複雑で洗練された味わいを醸し出していた。また日替わりのスープも手が込んでいて、香草や大麦の入った欧風家庭料理を思わせる風味にこの店らしさを感じた。
どこよりも質的に満足度の高い朝食を食べられる店として大のお気に入りだったが、結局ここへ来るといつも朝からお腹がいっぱいになってしまう(そして朝から懐が寒くなってしまう…)ので、週に数回行くのがせいぜいだった。


懐かしさに思わず木村家の話が長くなってしまった。今日の絵本を紹介しよう。
ジャムつきパンが大好きなフランシスは、お料理上手のお母さんが作ってくれるバラエティに富んだメニューに見向きもせず、ひたすらジャムつきパンに固執する。
この「ばっかり食べ要求」は親を困惑させる幼児の自己主張としてはよくあるパターンで、我が家なら「文句があるなら食うな」と一蹴されるところだが、賢いフランシスの母は涼しい顔で一枚上手の対応をしてみせる。名付けて「食わぬなら泣くまでやろうジャムつきパン」作戦は見事成功し、フランシスは自分からすすんで他の食べ物を食べるようになる。
さてここからが私の一番好きなシーン。次の日、フランシスの母はここぞとばかりに腕によりをかけフランシスに素晴らしいお弁当を持たせてやるのだ。そのメニューは、トマトのクリームスープ・白パンに伊勢エビのサラダのサンドイッチ・野菜スティックと黒オリーブの付け合わせに、デザートはサクランボとチョコレートのかかったバニラプリン。しかも、幼い我が子のココロの成長を祝うかのように、テーブルセッティング用にレースの紙ナプキンとスミレの一輪挿しまで添えてあるという心憎い演出。フランシスはもう2度とジャムつきパンだけを食べたいなんて言わないだろう。

ホーバン夫妻のフランシスシリーズはどれも、幼い子どもの成長をあたたかく見守る作者の想いが感じられて気持ちがなごむ。また、幼い娘の子どもらしいワガママをおっとりと受け止めつつ、おだやかに賢く対応するフランシスの両親の姿が印象的で、ついオトナのペースを押しつけて余裕のない育児をしがちな私にはとても参考になる育児書でもあったりする。


さて、この絵本には他にも色々と料理が出てくるのだが、平凡な献立も作り手の愛情が伝わるように描写され、読み進むほどに腹が減る
特にサンドイッチが何度も出てくるせいか、読み聞かせの度に築地木村家を思い浮かべていた。今回この記事を書くためにきちんと店のことを思い出そうとネットで検索してみたところ、思いがけず当のお店のホームページを発見して驚いた。世代交代が進んだのだろうと時の流れを感じずにはいられないが、あの店の流行に乗らないレトロな雰囲気が気に入っていたかつての常連としては嬉しいような淋しいような複雑な気分になった。それでも件のサイトを隅々まで読み進むうちに、現窯元の店の歴史を大切にする心と、革新のみならず伝統をも重んじる誠実な姿勢が伝わってきてホッとした。研究熱心な4代目の努力で、どうやら現在はバラエティに富んだ変わりあんぱんの店としても大躍進中らしく、興味を引かれた。嬉しいことにこちらはネットでも購入できるらしい。
サイトにはオリジナルサンドイッチの詳しいメニューもあり、夫と二人、しばし思い出話に花が咲いた。近いうちに、あの懐かしの絶品サンドイッチを味わいに築地まで足を伸ばそうと思う。

【この絵本に関するお気に入りあれこれ】
・くどー★La★ちぇこさんの絵本日記/くどうちえこさんのさらに空腹感を駆り立てる詳しい絵本レビュー(原書画像付き)
晴耕雨読/souchanloveさんのI LOVE ジャム