捨てられない元・恋人

毎日暑くてたまらんので、怪談系の話でもひとつ。
誰にでも幼い頃大事にしていた人形やぬいぐるみが一つや二つあるはずだが、オトナの皆さん、その人形は今でもあなたの手元にあるだろうか?
「もちろん!今でも毎晩一緒に寝ています♪」というアナタもそれはそれで充分怖いが、大抵の人は「そう言えば、あれ、どうしたっけなぁ…」とおぼろげな記憶に何となく後ろめたい思いが混じったりするのではないだろうか。
 

ある晩、部屋で一人で寛いでいたあなたが、ふと呼ばれたような気がしてふりむくと、遠い実家に置き去りにしたまますっかり忘れていた昔の「おきにいり」がそこにいる…こういう突然の再会を手放しで喜ぶ勇気は、私には無い。
というわけで今回は、持ち主への並みならぬ情念が物言わぬ人形を衝き動かした恐怖の(と、私が勝手に思っている)絵本を2冊、ご紹介しよう。

4892740217かしこいビル
ウィリアム・ニコルソン まつおか きょうこ よしだ しんいち
※非常に残念ながら画像はなし。(掲載許可申請予定)
兵隊人形のビルは、運悪く愛しいメリーの旅行に連れて行ってもらえなかった。置き去りにされて号泣するビル。人形らしい不自然な姿勢のまま床に涙をしたたらせる姿はそれだけでホラーの素質ありだが、それどころかビルは立ち上がって全速力でメリーを追いかける。列車で先を行くメリーを徒歩で追いかけて追いつくのも驚異だが、何が怖いってメリーを追いかけるビルがいかにも静物らしく常に首が微妙に傾いているのが怖い。このせいで「人形が(全速力で)人を追いかける」という、冷静に考えるとかなりホラーな状況に私は気が付いてしまった。
将来メリーが他の人形に浮気をしようと人形遊びを卒業しようと、ビルはきっと何度でも全速力でメリーのもとに帰って来る、きっと来る。
ちなみに実は運良く最初からメリーの旅行に同伴させてもらえたスーザンという人形がいるのだが、こちらは既に片手がもげている(泣)。メリーを追いかけるのがこのスーザンだったらこの絵本のホラー度がさらに増したことは間違いない。


4001151308ふわふわくんとアルフレッド
石井 桃子
岩波書店 1977-06

by G-Tools
赤ちゃんの頃からアルフレッドの唯一無二の親友だったふわふわくん。ところが蜜月を送る二人のもとに、ニューフェイスのしまくんがやってきた日から、ふわふわくんは突如日陰の身へと追いやられる。ある日、アルフレッドの冷たい仕打ちに傷ついたふわふわくんは、ついに抗議行動に出る。なんと、これ見よがしにアルフレッドの目の前で危険な高い木の上に登り、「愛してくれないなら死んでやる」とばかりに脅すのである。コワー。アルフレッドが泣き出してママやパパが登場すると、隙を見てさらに上へと登ってしまい、オトナが行ってしまうとすかさず降りてきて思わせぶりな言動でアルフレッドを惑わすふわふわくんは、カワイイ顔して実は相当な策士なのである。こういうヤツを侮ると後が怖い。


お気に入りの人形やぬいぐるみに執着するコドモの思いは純粋なだけに強く、時に残酷だ。強い絆で結ばれた人形との純愛を描いた「かしこいビル」と、嫉妬や駆け引きを描いた「ふわふわくんとアルフレッド」はいずれもオトナ顔負けの愛し愛される関係の機微がテーマになっている。そういえば、某玩具メーカーが精巧に作られた抱き人形を「愛情のおけいこ」などと銘打って売っているが、なかなかいいところを衝いたコピーだと思う。
しかしながら、子どもの玩具とその持ち主との相思相愛の関係は、ディズニー映画「トイ・ストーリー」シリーズでもメインテーマにもなっていたように、子どもの成長と共にいつしかフェイドアウトしていくのが普通だ。その実、心変わりするのは常に私たちの方で、玩具の方はいつか捨てられる不安に怯えつつも、変わらない愛と忠誠を持ち主である元・子どもに捧げているのかもしれない。

ところで、次から次へと新しい人形を欲しがるお子さんにお困りの方は、全国にある人形供養で有名な神社仏閣や、それ系のお祭に一度お子さんを連れて行ってみるのも手だ。捨てられた元・恋人たちの強烈な悲哀のオーラは鈍感なオトナにも鬼気迫るモノがあり、だだっ子への訓戒効果は抜群のはずだ。
ただし、お子さんが2度と人形遊びができなくなる可能性もあるので、くれぐれもよく検討の上実行されたし。


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