秋の全国交通安全運動

私の住む地域では毎年この時期になると、「秋の交通安全週間」のノボリや垂れ幕を付けた白いテントが街角に登場する。そこには長テーブルとパイプイスが用意され、町内のオトナ達が当番制で往来を見守るのであるが、ただ見守っているだけで何ら地域住民の交通安全に対し積極的な働きかけはしないのがこの活動の不思議な特徴である。実際彼らは何のためにそこにいるのかと毎年疑問に思っていたのだが、ある年ついにマンション管理組合でのジャンケンに負けてこの地域活動に私が参加することになり、ようやくこの疑問が解けた。

当番となった日時に最寄りのテントに顔を出すと、いかにも地元人らしい年配のおじちゃんおばちゃんが笑顔で出迎えてくれた。勧められるままに傍らのパイプイスに座り出された茶をすすったが、何とも所在ないことこの上ない。おばちゃん達は思い思いに世間話に花を咲かせ、おじちゃん達は近所に最近できた回転寿司屋の話をしていて、交通安全の「こ」の字も話題に登らない。と、目の前の交差点の信号が赤に変わった瞬間、バイクが猛スピードで突っ込んできてそのまま通り過ぎた。おばちゃん達は目を見張り、次の瞬間「危ないねぇ〜」「これだから若い子のバイクは…」などと口々に感想を述べ合った。そして何事もなかったように茶をすすり、どこかの嫁のうわさ話に戻っていった。
どうやらこの活動の要は「交通安全及びその他モロモロの世間話をしてご近所との交流を深める」というところにあるらしい…ということにうすうす気が付いた頃、次の当番のおばちゃんがやってきた。今ひとつ納得できない思いを抱えつつ、「お疲れ様」の言葉と共に手渡された缶ジュースと警視庁配布の交通安全パンフレットを手に、愛想笑いの張りついた顔のまま帰宅した私であった。
というわけで彼らがあの場で何をしているのかという疑問は解けたが、いったいこれがどう交通安全に結びつくのか、誰か教えて欲しい。もしかしたらご近所さんと顔なじみになっておけば、そこらの道端でいきなりひき逃げにあって意識不明になっても「あらやだ、○○さんとこの奥さんだわ」と野次馬オバサンがすぐに関係各位に連絡してくれるかも知れない…というのはムリヤリ過ぎるか? しかも全然安全じゃないな…。


さて今日の絵本はもちろん、交通安全がテーマの一冊である。
この絵本の主人公たろうは友達のまみちゃん宅へのおつかいの道すがら、お約束通り路上で次々と無謀な行動に出る。その度に町行く心あるオトナから注意されるのだが、今時のオトナは見知らぬガキには冷淡なので、同じことをやるコドモがいてもパトカーか救急車を呼ぶ羽目になるまで無視されるほうが多いだろう。
63年発行の当時はもっとのどかな道路事情だったのだろうが、それにしてもたろう以上に無謀なのはたろうの母親である。この当時保冷剤やドライアイスは一般家庭で使えるほど身近な物ではなかったはずで、大好きなまみちゃんにあげるプレゼントのアイスが溶けないうちに到着しなくてはとたろうが焦るのは無理もない。幼稚園児にそんな過酷な時間制限付きのお届け物を課し、さらにもう片方の手には持ちにくいスミレの鉢植えを持たせ、ワケの分からぬ動物4匹を連れ立たせ、両手のふさがった状態で交通量の多いルートに送り出すとは、これはいかにも注意力散漫そうな息子にサバイバル能力をつけさせようという母親の地獄の特訓なのだろうか。無謀なんだかゴーカイなんだか分からないチャレンジャーな母親だ。

無事に過酷なサバイバルコースをクリアして車も信号もない草原に出たたろうが、向こうに見えるまみちゃんの家を目指して最後のダッシュをかける、そのシーンでこの絵本は終わっている。この直後、たろうは足もとの石につまづいて顔面着地し、アイスは飛び散り鉢植えは粉々になる…というオチを予測してしまうのは私だけだろうか。