世界で一番幸せなスープ

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by G-Tools
Stone Soup: An Old Tale (Aladdin Picture Books)
Marcia Brown
Aladdin Paperbacks 1997-08-01
Amazonにて洋書版の中身が閲覧できます!→画像をクリック

せかい1おいしいスープ―あるむかしばなし
マーシャ・ブラウン 渡辺 茂男
ペンギン社 1979-01
絶版中。復刊リクエストはこちらへ

日に日に秋が深まり、我が家の窓から見える桜並木の葉も鮮やかに色づいている。具沢山のあったかいスープが食卓に上ると、子どもたちの歓声があがる。スープが大好きな私にとっても嬉しい季節だ。
古今東西を通じ、スープは人々の空腹を満たし心を温めてきた。もちろん昔話や絵本の世界にも、ある時はこころの栄養の象徴として、ある時は家族の愛情のしるしとして、おいしそうなスープが数多く登場する。今日はそんな語り継がれた幻のスープの中から、とびきりおいしそうな一品をご紹介しよう。

 
話の筋はこうだ。(ネタバレ注意)
戦が終わりくにへ引き上げる道中の3人の兵士。空きっ腹を抱え疲れ切った3人は、食べ物と寝る場所の施しを受けようと通りかかった見知らぬ村に入っていく。ところが、村人達は食べ物をしまい込み無情にも戸口で3人を追い払う。そこで兵士達は策を巡らし、仕方がないから石からスープを作ると宣言すると、村の広場で堂々と準備に取りかかる。それは聞き捨てならんと集まってきた村人たちが見守る中、兵士達は借りた大鍋にたっぷりの湯をわかし、村人に手ごろな石を3つ運んでもらうと鍋に入れる。
もっともらしく鍋をかき混ぜながら、「どんなスープを作るにも、塩とこしょうがいりますな」という兵士に、それならと村の子どもたちが塩とこしょうを持ってくる。「この石だけでもおいしいスープになるけれど、にんじんが少しあれば、もっとおいしくなるのになぁ」という兵士のぼやきを聞いた婦人が、「あら、それぐらいならうちにあったかも」と、家からにんじんを抱えて持ってくる。「キャベツがあれば…」「牛肉があればもっと…」「これで牛乳さえあれば…」という兵士の言葉に、村人達は次々と隠してあった食料を差し出して、ことの成り行きをワクワクと見守るようになる。やがて大鍋一杯のごちそうスープができあがり、どうぞご一緒にという兵士達の言葉に、さっそくテーブルが出され、パンや飲み物も持ち込まれ、村人総出で飲めや歌えの楽しい宴となる。ただの石から素晴らしいスープを作った兵士達はその機知を讃えられ手厚くもてなされ、翌朝村じゅうの人々から感謝の言葉を受けて村を後にする。


フランスの昔話をもとにマーシャ・ブラウンが再話したこの絵本は、1947年の米国での出版から既に50年以上を経て今なお色褪せない魅力的な作品だ。もちろん元が昔話なので様々な解釈をされて色んな絵本にもなっていて、なかにはこの兵士にあたる登場人物をずるがしこい詐欺師として描いた作品もある。私が小学生の頃に初めてこの絵本を読んだときには、単純に「兵隊さんは、頭が良いなぁ」「このスープは本当においしそうだなぁ」なんてことを感じただけだったが、オトナになってから改めて読んでみると、ベストセラーのビジネス書顔負けの示唆に富んだ話に思えてくるから不思議だ。

ここには、人を動かすヒントが描かれている。いかに人をやる気にさせるか、あるいはこの兵士達が直面したように、一見困難な状況を前に、いかに一人一人の持てる力を引き出して連携させ、大きな目標を達成するか。そんな魔法がさりげなく語られている絵本だと思う。

村人達は、貧しさと無知故に自分たちに余分な食料、ましてよそものに分け与えられる余裕なんてあるわけないと思いこんでいる。だから、たとえ兵士達が正攻法で「さあ、これからみんなで協力しておいしいスープを作りましょう」なんて言ったところで「できるわけない」と相手にされず、追い返されるのが関の山だったろう。ところが賢い兵士達は何食わぬ顔で自分たちがこれから何をするかを伝え、村人達にはごくわずかな協力を求めただけだった。
「それは おやすいごようでした。」兵士達は、何もできないと思いこんでいた村人達に「おお、それぐらいなら自分にもできるぞ」と思わせることで、さりげなく作業への主体的な参加を促したのである。
人を動かすには、やってほしいと働きかけるより「やりたい」と思わせるほうが早い。そして人は本来、自分の能力を発揮したい生き物なのだろう。ならば最初の一歩を踏み出させ、本人が気が付かなかった価値や能力に気付かせてあげることさえできれば、その人はきっと自分から前に進めるようになる。そして、そうやって自分自身を幸せにできた人ならばきっと、周りの人を幸せにすることもできるだろう。


シンプルなコーンポタージュから、具沢山のチキンブロス、ブイヤベース、オニオングラタンスープ、ボルシチニューイングランドクラムチャウダー、ミネストローネ、トムヤムクンに参鶏湯、野菜たっぷりのけんちん汁・・・プロの作ったレストランのスープも手軽なキャンベルもおいしいけれど、私にはやっぱり我が家の赤いルクルーゼでのんびりコトコト煮込んだ手作りのスープがいちばんだ。スープを煮ている間の家中に漂ういい匂い、ほんのりあったかい台所、そして食卓で待つ家族の笑顔が、寒い季節にはなによりのごちそうなのだから。