活字中毒のオトナに贈る絵で読むホラーコメディ

4309265030華々しき鼻血
エドワード ゴーリー Edward Gorey 柴田 元幸
河出書房新社 2001-11

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4309266843どんどん変に…―エドワード・ゴーリーインタビュー集成
カレン ウィルキン Karen Wilkin 小山 太一
河出書房新社 2003-10

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以前私は「オトナ向け絵本について。」という記事の中で、効用書きが見えるようなオトナ向けサプリメント絵本のあざとさとつまらなさについて書いた。(これで確実にオトナの絵本好きの何割かを敵に回しただろうと思っていたら、意外と賛同コメントがついて何だか嬉しかった。)しかしやはり読まず嫌いはいかんと思い、その後私は書店や図書館に行くたびに児童書コーナーにはない絵本をチェックするようになり、世の中には本当に「オトナ向け」でかつ興味深い絵本があることを知った。今日はその中から私のお気に入りを一冊紹介してみよう。オトナノトモ初のR指定絵本レビューである。

のっけからR指定絵本」などと決めつけてしまったが、エドワード・ゴーリー「華々しき鼻血」はごくシンプルな構成の作品で、本文は基本的に全てひらがなとカタカナで書かれた短文だし、コドモに見せられないような画像が含まれているわけでもないので(ただし、聞かれたら説明に困るであろう頁はあるが(笑))小さな子どもでもたやすく読める絵本ではある。しかし、絵を見て文も読めたからと言って、この作品の味を楽しめるとは限らない。多分、この絵本を子ども達に読ませたところで、「ヘンなの〜!」と笑いとばすか「だからなに?」と退屈がるのが普通だろう。そうじゃなかったら怖い。つまりこの絵本を読んだコドモから想定の範囲外な感想を聞かされるのが怖いから、私はこの絵本をR指定にしておきたいのだろう。

大人でもゴーリー作品の一部を見て、あるいは噂を聞いて敬遠している人がいよう。確かにアルファベット順に一人ずつ子どもが惨殺されていく、そんな内容の作品は子を持つ親として見ていて決して気分の良いものではない。だからといってゴーリーの世界の全てを単純に悪趣味として忌み嫌うのはもったいないと私は思う。
正直言うと、私も最初はゴーリーの表現方法には嫌悪感しか持てなかった。最初に読んだのは「不幸な子供」だったと思うが、救いようのない悲惨な物語を淡々と描くその手法に衝撃を受け、どう受け入れるべきか戸惑った。でもなぜか妙に気になって機会あるごとに彼の作品を手にとって読み返していたのだが、ふとしたきっかけでゴーリーのインタビュー集「どんどん変に…」を読み、それ以来私はエドワード・ゴーリーというアーティスト本人の面白さに惚れ込んでしまったのだ。
長身にホグワーツダンブルドア校長を思わせる長いあごひげをたくわえ、お出かけにはいつも毛皮のロングコートに白いテニスシューズという出で立ちで、ニューヨークの街中でも異彩を放つ存在感。ハーバード出身のインテリでバレエと映画オタクで、生涯独身を貫き、源氏物語にちなんだ名前をつけた何匹もの猫と共に暮らしていたユニークな人物。何よりも極度のインタビュー嫌いの彼が答えた貴重なゴーリー語録の数々から、その上質な変人ぶりがビシバシと伝わってきて嬉しくなる。また、彼の作品の傾向から血も涙もない悪魔のような作者を想像する人もいるだろうが、本人の発言からはいたってまっとうな人間性がうかがえて、私はますます興味が引かれたのである。

さらに、親愛なる活字中毒者のみなさん向けに特筆したいのが、ゴーリーが綴る文章の洒脱さだ。ゴーリー自身もインタビューの中で「常に始めに文章ありきで、絵はそれからだ」という内容のことを述べていたが、確かにこの「華々しき鼻血」においても、アルファベット順に選ばれた副詞のそれぞれにほとんど偏執的なこだわりが感じられる。これを難解にすることなくシンプルで的を射た日本語に訳した柴田元幸氏の功績は素晴らしい!噛めば噛むほど味があるゴーリーの世界をこれほど上手く翻訳できる人はいないのではないだろうか。(彼のゴーリー作品でのうなるような名訳に触れる度に、エドワード・リアの「ナンセンスの絵本」を柴田訳で読んでみたいと思わずにいられない。)
そして、短く不親切な文章と対照的に、執拗なほど細かく描き込まれた線画の奇妙に後を引く味わい。まさにこの文にしてこの絵ありという組み合わせの妙に、絵本としての完成度の高さを感じる。このユニークな絵と文の背後に流れる物語を想像して味わうのは、まさに人の世のダークサイドを意識できるオトナ向けの趣味だ。

考えてみれば、ベストセラーランキングの常連であるミステリー作家・推理小説家たちの作品には猟奇殺人や児童虐待の話があふれていて、人はそれを好んで読み堂々と感想を述べあったり出来るのに、ゴーリーの絵本を愛読していると公言するにはある種の覚悟(笑)が必要なのはどうしてだろう。私が思うに、マトモな絵本は小説よりも作品の受け取り方を読者にゆだねる部分が多く、気持ちの落としどころを読者自身が決めなくてはならない。だから己の良心を自覚する者ほど、小説を読んだりドラマを見るよりもはっきりと「自分の中のダークサイド」に向き合う羽目になるゴーリーの絵本を無意識に避ける気持ちが働くのではないだろうか。
ところでそんなゴーリー作品の中にも、むしろ育児経験者にこそ読んで欲しいオススメ作品がある。お父さん、お母さんのゴーリー入門書として「うろんな客」はうってつけの絵本だ。

残念ながら彼は日本での翻訳刊行が始まった2000年に心臓発作により75歳で他界しているが、今なお世界中に熱狂的なファンやコレクターがいるという。上質なヘンな人を目指す私もまた、自らのスタイルを確立し、万人の理解などはなから求めずやりたいことをやりぬいた稀代のアーティスト、エドワード・ゴーリーに畏怖と憧れを感じる一人である。


【えほんうるふイチオシのゴーリー関連サイト】
・『エドワード・ゴーリーの世界』(河出書房新社)編者・濱中利信氏によるWonderful World of Edward Gorey