共依存の甘い罠

お待たせしました。1周年記念で募集したリクエストにお答えしてのレビュー、第1弾です。
本館にてリクエストを下さったprotonさん、ありがとう!

おおきな木おおきな木
シェル・シルヴァスタイン ほんだ きんいちろう

篠崎書林 1976-01
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「大きくなったら、人の役に立てる人になりたい」そんなことを言うコドモがいる。
たいへん立派だが、私はついその耳に「その前に自分を幸せにしなさいよ!」と囁きたくなる。
一生懸命誰かのために働いても、それが報われるとは限らない。いや、報われなくったっていい、自分は奉仕に生きるのだと本人が言い切れるならそれもいい。ただ、誰かの幸せの上にしか成立しない自分の幸せなんて、そんな不安定な人生はできれば選択しないで欲しいのだ。なんだかんだ言っても、親は我が子が誰かの為に命を捧げるよりも、本人が生きててくれる方が嬉しいのだから。
既にたっぷり親孝行をしてくれた子供たちに親が思う「幸せな生き方」を押しつけるつもりはないが、希望ぐらいは言わせてほしい。
 
確かに、誰かの役に立てるのは嬉しくて気持ちの良いことである。
感謝される快感は他の何物にも代え難く、ひょっとすると世の中で一番安上がりな麻薬なのかも知れない。特に、自分なんて何の価値もないと思いこんでいる人にとって、自分の存在を認めてくれる人を得ることは人生の命題であり、相手からの感謝の気持ちはそれをもっともはっきりと実感させてくれる拠り所のようなものだろう。
しかし、無為の行動の結果として感謝がもたらされるのではなく、感謝される為に行動するようになったら、それはもはや不健全だし、お互いにとって危険な状態だと私は思う。偽善とまでいかなくても、自分に自信のない者ほどこの罠にはまりやすいという意味では、同じことだ。
 
「おおきな木」というベストセラー絵本がある。ひたすら与え続ける献身的な愛の姿を描いた絵本として評価が高いが、私から見るとかなりイタイ絵本である。ファンの人ごめんなさいm(_ _)m
幼い少年が木と共に過ごしたかけがえのない時間の描写、これは本当に美しい。だが物語はそこでは終わらない。少年は成長と共に、どんどん木への要求が大きくなる。木はその度に文字通り身を挺して少年の願いを叶えようとするが、ついには愛する少年自身にその身を切り倒され、切り株だけの姿になってしまう。それでもなお木は少年の帰りを待ちわびて、やがて年老いて全てを失って戻ってきた彼を優しく受け入れる。
 
この絵本を初めて読んだ時分は、私はまさしくこの少年の立場に近い子どもだった。単純に「やさしい木だな」と思い、献身的に愛される少年を羨ましく思った。けれど時が経ち色々な人間関係のケースを知るにつれて(要するにオトナの事情を色々と知るにつれ)この絵本の結末が決してハッピーエンドではないことに気がついてしまった。
すっかり汚れちまった、もとい、オトナになった私が改めてこの絵本を読むと、そこに描かれている美しい結末がDV夫とその妻、あるいは親離れできない子と子離れできない親の、痛々しい共依存の姿に見えてくるのだ。
 
木は少年に尽くしたい。たとえ虐げられようと、どこまでも依存され全てを奪われようと、少年に尽くすことだけが木の存在意義なのだ。だから、本当は自立なんかしてほしくない。いつまでも自分を必要として欲しい。「やっぱり私が居なくっちゃこの子はダメなの」と思っていたい。
一方、少年の方はそんな木に甘やかされて一向に自立心が育たない。身体は大きくなってもワガママ放題で要求ばかり。一方的に尽くされることが当たり前に育ってきたから、木の献身ぶりにもさして感謝の気持ちも表さず、欲しいものさえ手に入ればそそくさと去っていく。もちろんそんな甘えた人間が社会で成功するわけもなく、まるで失敗が木のせいであるかのように不機嫌な顔をしてじきに舞い戻ってくる。もちろん木の方は戻ってきた彼を大歓迎し、いつものように甘え甘やかしボロボロの絆を確認し合う。
結局お互いが足を引っ張り合って、死ぬまで成長もせず、幸せにもなれない二人
 
恐ろしいことに共依存関係にはまっている人たちは、自分たちのことを誰よりも愛し合っている最高のパートナーだと思っていたりする。よって目を覚まさせるのは至難の業。
私もかつて大切な人を何とかこの悪循環から引っ張り出したくて説得したり本を読ませたり色々やってみたが、結局本人が関係の異常さを悟って自ら一歩を踏み出さない限り何も変わらないのだった。件の彼女は腐れ縁を精算しようと決心するまでに20年を要したが、今は自由の幸せを噛みしめているそうだ。
 
だから、誰のためでもなく自分のやりたいことをやろう。理想を言えば、自分の幸せを追求していたらいつの間にか誰かをも幸せにしていたという人生が最高だ。その誰かがあなたの愛する人だったら、なお結構。
あなたとあなたのパートナーに、幸あらんことを。