全ての老女は妖怪である

つえつきばあさんつえつきばあさん
スズキ コージ

ビリケン出版 2000-06
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この季節、街を歩くとオレンジ色のカボチャのモチーフをそこらじゅうで見かける。商業化されたお祭りが大好きな我らが日本人は万聖節の意味も知らずにハロウィンパーティのバカ騒ぎに興じるのである。ましてハロウィンと言えば、日頃品行方正で通っているアナタも大手を振ってコスプレを楽しめる年に一度のチャンスである。同じアホなら踊らにゃソンソン、さあアナタもご一緒に…
  
ところでハロウィンというと思い出す絵本がある。別にハロウィンとは無関係の内容なのにナゼか私の中でリンクしているその本は、スズキコージ氏の「つえつきばあさん」である。
タイトル通りこの絵本の主人公は杖をついた老婆なのだが、そのキャラがとにかくステキに怪しくてイカすのだ。赤頭巾をかぶり杖をつきながら町を歩くその姿は中世の魔女を思わせるが、妙にポップで全然怖くはない。しかし、何食わぬ顔で「ギイと入り」「ギイと出て」くるとあら不思議、婆さんが増殖している。叩けば増えるビスケットならぬ、入れば増えるつえつきばあさん。ひたすら「ギイと入り」「ギイと出て」くる繰り返しの妙に乗せられているうちに婆さんは20人にもなり、しまいには村の広場で輪になってつえつきおどりを踊り出す。
この怪しすぎる婆さんがいったい何者なのか、作中に一切の説明はない。そもそも「3年に一度のつえつきばあさんまつり」っていったい…(汗)。祀られているはずの存在が自ら村人の前に大挙して現れて踊り狂うとは、まさに奇祭中の奇祭である。よく見ると、恐らく3年に一度現れるのであろうつえつきばあさんの神(?)が上空で満足そうにことの成り行きを見守っている。祭りが終われば婆さんたちは連なって元来た道を戻り、やっぱり「ギイと入り」「ギイと出て」気が付けば一人になっている。すっかり妖気が抜けた婆ちゃんは、祭りの余韻を楽しむかのように一人そっとつえつきおどりを踊ってみたりして、何だかカワイイ。羊にくるまって満足げに眠りにつくその姿は何とも幸せそうで、充実の老後を思わせる(笑)。
コージズキンならではのとんでもなくシュールな展開に味のあるエンディング、ファンにはたまらない一冊だ。
 
ちなみに何かの本での読んだスズキコージ氏へのインタビューによると、氏が好んで旅をする東欧の片田舎ではまさにこんな風貌の老女が当たり前に村道を行き来しているそうで、もちろんこの作品もそんな旅の道すがら生まれたとか…。さもありなん、ドラキュラの故郷トランシルバニアあたりでは今も数年に一度の知る人ぞ知る奇祭が催されていそうだ。
 
 
そんなことを考えていたら、幼い頃テレビでよくやっていた「あなたの知らない世界(うろ覚え)」を思い出した。この番組ではいわゆる都市伝説や読者からの投稿エピソードなどを元に再現ドラマを作って見せていたが、ある日出てきたのが「山道の老婆」であった。
「車で山道を走行中、老婆とすれ違った。しばらく走り続けると、また同じ老婆とすれ違う。気のせいだろうと通り過ぎるのだが、3度目に遭ったときにはさすがに不気味になり、確かめようと恐る恐る近づいてよく見ると、老婆は初めて顔をあげ、ニヤリと笑った。車はその直後崖から転落してしまった…」とかなんとか。
今聞けば怖いと言うよりむしろ笑い話だが、幼心に「ババァ恐るべし」という先入観を植え付けるには十分な効果があり、そのテレビを見てからしばらくは車中から外を眺めて老婆が目に入ると慌てて目を背けたものだ。
ちなみにこの手の「高速移動する老婆」の話は全国各地に流布していて、今だに「マッハばばあ」だの「ターボばあちゃん」などの愛称で呼ばれ都市伝説界の人気者である。なんのことはない、それらのドライバーが迷い込んだ山中ではたまたま3年に一度のつえつきばあさんまつりが開催中だったのだろう(笑)。
 
  
それにしても、自分もいずれなるであろう「老女」という存在は、なぜか男性の「老人」と比べて怪しいイメージがつきものである。人は老いの末には無邪気でワガママな赤ん坊の境地に戻っていくらしいが、女性の場合はそう簡単に一生分の紆余曲折を無にしてたまるかという女の意地があるのかも知れない。
 
また、世の中には文字通り年齢不詳の女と呼ばれる人々がいて、その堂々とした妖しい佇まいこそ全ての女性が心の隅で憧れている理想の老いの姿ではないだろうか。
実はそんな女性が私の住むマンションにも一人いらっしゃる。ご夫婦二人で暮らしていて、敷地内で会えばとてもにこやかに挨拶をしてくれる。が、過去には管理組合で敵対したオバサンと激しくやり合って相手を引っ越しに追い込んだことがあるとかで、敵に回すとかなり怖い人という噂がある。そんな彼女はいつも小綺麗にしていて所帯じみたところが無く、お肌なんか真っ白。イメージとしては桃井かおり氏のような感じで、間違いなく私より年上なのだが何歳なのか見当が付かなかった。ところが先日たまたまエレベータで一緒になった時のこと。立ち話の流れで先方から年齢を聞かれたので、すかさず「ちなみに○○さんは…?」と切り返してみると、なんと既に還暦間近でいらっしゃった。思わず絶句している私に彼女は「あら私、バケモノって呼ばれているのよ〜。」とカラカラと鷹揚に笑って見せた。
 
結論。老いた女を敵に回すべからず。